10月25日はたまたま出かける予定が無く、自宅でこのライブを見ることができた。熱狂的なU2ファンではないわたしがこのライブの存在は事前にネット上で知っていた。しかし当日はすっかり忘れていたのだが、「始まった!!」という情報は本番30分前のtwitter上の見知らぬ誰かの書き込みだった。
インターネットがテレビも音楽もどんどん変えていく。
今回のライブ配信がそれを確信させたことだけは確かである。
テレビよりも音楽関係者の方が衝撃や影響が大きいと思うのだがいかがだろうか?
神田の街にはデジタルサイネージが多数設置されている。今回はこのTouch!ビジョンを運営しているストリートメディアさんにお話を伺ってきた。
実際の端末には視認性など問題がないわけではなく、改善点は多数あるのだが、ここで重要なのはそうした装置やシステムの話ではなかった。スーパーローカルメディアであるデジタルサイネージは、ローカルテレビやケーブルテレビ以上に地域に密着するべきであり、そのための試みが数多くなされていた。
街中に溢れるディスプレイから洪水のように広告が流れるのがデジタルサイネージはない。結局は見る人、参加する人、運営する人が街の中でメディアを作っていくのである。
2,3年後の話だろうが、テレビともPCとも違うディスプレイが家の中に入り込んでくるだろう。それはじっと見つめるディスプレイではなく、生活の中に溶け込んでしまうものだろうし、従来のCMのような広告モデルではないはずだ。
具体策がないホワイトスペースにこそこうしたメディアがふさわしい。
「MAGASTORE」を使ってみました。細かいところはツッコミどころ満載ですが、電通さんの狙いがどこで、ユーザーのそれとずれてはいないのか。
「デジタルでやる」意義をきちんと見極めないといけないと強く思いました。
夏休み期間中に、テレビ番組制作関係者と話す機会が多かった。私自身は本当の制作現場から離れて時間が経過してしまっているが、当時から始まっていたデジタル化がもたらす悪い部分の話ばかりをぼやきのように何度となく聞かされたのである。
以前のように一回のロケで15万円ものコストをかけて撮影しなくても、利用料金が1時間5万円もするデジタル編集室を使わなくても同等以上の番組が作れる時代になった。
メディアの構造変革の中で、テレビ局幹部は近視眼的に制作費という砂袋が真っ先に落下された。一私企業が自己の利益追求のためには選択肢としては理解できるが、どうやら順番と手順を誤ったようだ。
デジタルという道具完全に振り回されてしまい、経験値と士気がひたすら低下し続けているのであることがよくわかった。
産経新聞のテレビ欄の話を、わたしは当日朝、twitterで知った。そして駅の売店で早速購入した。WEB欄との連動企画だろうと直感的に思った。iPhoneの産経新聞のテレビ欄を確認して、該当部分がブロックされているのを見て広告であると確信した。ちょっとつまらなく思った。
午後から夕方にかけて、何回か生放送を見た。メジャーだなあとは思ったけれど、テレビと一緒だなあと思った。これでいいのかあと思った。プレミアム会員ではないので時々落とされた。どれくらいの人がこの日プレミアム会員になったのだろうと思った。でも私はなろうとは思わなかった。
徐々に、ネット上での感想があがるようになった。おおむね好意的から絶賛の声も少なくない。浜田神だ!みたいなものまである。
なんかそうなのかなあと思った。ニコ動がテレビ局になっちゃったんだなあとため息をついた。
最近のテレビ番組は低俗だ、明らかにクオリティが落ちているという指摘がこのブログでもとっても多い。是非お聞きしたいけれど、梅宮さんの女優との過去の暴露話は低俗ではないと思いますか。この日の放送はくだらないバラエティには該当しないのですか。それともこの日に限って、ニコ生は低俗だったのでしょうか。
いやー、あと2年ですよ。
予想通りの課題があり、ほんとに停波できるかどうかはよくわかりませんね。しかし、デジタル化自体は悪い話ではなく、それによってもたらされる恩恵もあるはずです。
少なからずテレビ業界いじめにたいな空気がなかったとはいえないだろうと個人的には思いますが、そんなことを愚痴ったところで話は前には進みませぬ。
総務省の言うようにここは予定通りデジタル化を行い、そのために必要な施策や援助はしっかり行う。テレビ業界も50年続いたものを継続しようとするだけではなく、跡地利用についても積極的にビジョンを出していく。玉虫色の話と言えばそれまでですが、もはや待ったなし。
録画視聴もネット利用も、跡地利用もどんどんやるしかないと思うのであります。
ビデオリサーチさんが、これまで計測していなかったいわゆるテレビパソコンを2年後に調査対象に追加するようである。ネットを探索すると、辛口の声ばかりである。
確かにその通りで、そんなことだけでは本質的には何も変わらない。
テレビ局の方と話すと、この辺の議論は理屈なしにあり得なかったり、いまだにテレビはリアルタイムで見て欲しいというばかりなのには正直あきれてしまう。
YouTubeだとかhuluだとかは言わないにせよ、視聴者に視聴スタイルを強制するのはどう考えても時代錯誤も甚だしい。
とにかくいろんな視聴スタイルを受け入れる前提でマネタイズを考えてくれないと、本当に取り返しのつかない事態になる。
話自体は新しくない話題であるが、2年先というのが正直驚きを隠せない。大丈夫かなあ?
ケーブルテレビショー2009に出かけてきました。このところずーっと、正直ぱっとしない展示会だったのですが、意外なものを発見しました。たまたまわたくしの古巣の会社であったのですが、25年くらい前に日本にCNNを持ち込んだ会社として、25年ぶりの目玉事業となるのか?
それはともかく、暗号化技術はやはりその筋に先進国があって、高度な数学との組み合わせと、最近のコンピュータやソフトウエア技術の発展を受け、あり得ないようなことが実現できる時代に入っていくようです。
これを使えばモザイクも消せたりするかもしれないわけで、そうではないとしてもHDTVや2K4Kには強力な助っ人技術となる予感がします。
5年ぶりのソウルで目にしたものは、アウトオブホームメディアとしてのデジタルサイネージとインターネットの融合の姿であった。
より多くの人の目に触れる場所で広告をを掲載するのがもっとも価値があるという、いわば不動産ビジネス的なこれまでの広告ビジネスの延長上でのみデジタルサイネージを捉えると、おそらく失敗するに違いない。
意志を持ったPCやケータイでの情報接触にはない、プッシュ型やインタラクティブな接触状況をいかにして構築するのか、そしてその場合のコンテンツは何か。ソウルのメディアポールはそういう考えでデジタルサイネージを捉えるにはいい機会であった。
続く…
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